力仕事の後のヨガ。疲れ切った体に、何をして何をしないか

暮らしとヨガ

窓辺の床で静かに前屈をしている人の後ろ姿

体を使う仕事や作業を終えて、帰ってきた時点でもう限界に近い。着替えるのも面倒で、このまま横になりたい。ヨガに興味はあるけれど、そんな日にまで何かをする余裕はないと感じている。この記事は、そういう夜を繰り返している方に向けて書いています。

先に結論を置きます。疲れ切った日こそ、寝る前に体を緩める。 私はそう決めています。理由は単純で、緩んだ体で眠りに入った夜のほうが、翌朝に残っている疲れが少ないと私自身が感じているからです。ここから先は、その実感と、そこに至った考え方を順番に書いていきます。

体を使い切った夜には、いくつかの選択肢がある

体を使い切った後、どう過ごすかにはいくつかの道があります。

そのまま寝てしまう。お風呂に長く入る。お酒を飲んでリラックスする。食事をしっかり取って、そのまま布団に入る。どれも実際に行われている方法で、私はそのどれかを悪い選択だとは考えていません。お酒で一日を切り上げるやり方にも、それで肩の荷が下りるという実感があるなら、その人にとっての意味があると思います。

私自身も、疲れの底にいる夜は、まっすぐ布団に向かいたくなります。マットを広げることを考えるだけで面倒に感じる日があります。

ただ、その順番を一つだけ変えてみたことがあって、そこからこの記事の話が始まります。寝る前に、ほんの短い時間、体を緩める。それを挟むかどうかで、翌朝の感覚が違って感じられたのです。

私が力仕事の後に気づいたこと

私は北海道の中川町に住んでいて、季節によって体の使い方が大きく変わる仕事をしています。

秋には秋味まつりの準備がありました。物を運ぶ、組み立てる、立ったまま作業を続ける。そういう時間が続くと、疲れは筋肉の一部ではなく、体全体に広がった感じで残ります。ガイドの仕事で一日歩いた後も、種類は違いますが同じように、体のどこが疲れているのか自分でも切り分けられないほど、全体がまとめて重くなります。

そういう日の体は、力が抜けているようで、実際にはあちこちが固まっていました。肩が上がったまま下りていない。腰の周りがこわばっている。横になっても、体の内側にまだ作業中の緊張が残っている感じがする。

疲れているのだから緩んでいるはずだ、と私はどこかで思い込んでいました。実際は逆で、使い切った体は縮んだまま固まっていることが多いようです。少なくとも私の場合は、そうでした。

「回復が早く感じられる」という私の実感

ここから先は、私の実感の話です。

体を緩めてから眠った夜のほうが、寝ている時間の回復が早く感じられます。同じ睡眠時間でも、翌朝に体を起こす時の重さが違う。固まったまま眠った夜は、朝になっても前の日の緊張がそのまま残っている感覚があります。

なぜそうなるのか、私は医学的な仕組みとして説明することはできません。睡眠の質がこう変わる、回復速度がこれだけ上がる、といった言い方は私にはできません。ですからここは、私の身体に起きた感覚として書ける範囲に留めておきます。私は、緩めてから眠ったほうが、回復が早いと感じています。

私は自分の中でこう言ってきました。寝ている時間の回復が、5パーセントでも10パーセントでも良くなるなら、寝る前に体を緩める価値はある。この数字は測ったものではなく、自分を納得させるための言い方です。ただ、こう置いてみると判断が楽になりました。10分の面倒と、7時間の質。天秤に載せると、私の場合は毎回同じ側に傾きます。

疲れ切っているから省くのではなく、疲れ切っているからこそ取る。私はその順番に決めました。

キャンドルの明かりの近くで座って休んでいる人の手足

疲れた夜にやらないこと

ここは誤解されやすいところなので、はっきり書いておきます。疲れ切った夜にするヨガは、強度の高い練習ではありません。

汗をかくような動き、可動域を広げにいく動き、バランスを保つのに集中が必要なポーズ。これらは疲れた夜には向きません。体を起こす方向の練習になるので、緩めるという目的と逆を向きます。私は、疲労の底にいる日にそうした練習を入れることは勧めません。

やらないことを並べると、こうなります。

  • 可動域を伸ばそうとしない。今日どこまで曲がるかは、疲れの深さで変わります。前日と比べない
  • 回数や時間を決めて追わない。3分で終わっても、目的は果たされていることがあります
  • 眠気と戦わない。途中で眠ってしまうなら、それでいいと私は考えています
  • その日の練習として点数をつけない。緩めるための時間に、達成度は要りません

やることは、ごく少ないです。呼吸をゆっくりにして、固まった場所を動く範囲だけ動かす。それだけで、疲れた夜には十分な仕事をしています。

緩めるという営みの、伝統的な背景

ヨガの歴史は、およそ2500年前までさかのぼると言われています。体を使う実践が体系として整えられたのはもっと後で、ハタヨガの成立は8世紀前後とされることが多いようです。

その長い蓄積の中には、緩めることそのものを目的とした型も含まれています。仰向けになって全身を床に預けるシャヴァーサナは、サンスクリット語で屍のポーズと訳されますが、多くの流派で練習の最後に置かれてきたとされています。動くための型と同じくらい、動きを収める型が重んじられてきたということだと思います。

また、伝統的には、呼吸とともに流れるものをプラーナと呼び、その巡りを整えることが実践の主題の一つとされてきたと言われています。この考え方をどこまで自分の言葉として引き受けるかは人によると思いますし、私も断定するつもりはありません。ただ、体を使い切った夜に息を深く通すと、体の内側で何かが戻っていく感じがあるのは確かです。

疲れた体を緩めることは、練習の付け足しではなく、古くから練習の一部として扱われてきた。そう知っておくと、寝る前の10分に対する構えが少し変わってきます。

赤いマットの上で子どものポーズをとり、上体を前に預けている人

疲れ切った夜にできる、最初の一歩

道具は要りません。布団の上でも成立します。私が疲れた夜に実際にやっている順番を書いておきます。

  1. 床か布団に座って、息を吐ききる。吸うほうは自然に入ってくる分だけで足ります。これを10回ほど、数えなくてもかまいません
  2. 首をゆっくり回す。力仕事の後は、肩と首が上がったまま残っていることが多いです
  3. 四つ這いで、背中を丸める、反らす。可動域は求めず、動く範囲だけを往復します
  4. 子どものポーズで、上体を前に預ける。膝を開いて、額を床か枕につけ、しばらく呼吸だけを続けます
  5. 仰向けになり、手足を投げ出す。ここで終わりにします

全部で5分から10分です。3つ目で眠くなったら、そこでやめて布団に入って問題ありません。身体が硬くても、動きが小さくても、緩めるという目的は果たせます。むしろ疲れた夜は、動きが小さいほうが目的に合っています。

なお、痛みが出ている場合や、疲労が何日も抜けない場合は、緩める以前の問題である可能性があります。その時はヨガではなく、医療の領域にあたります。無理のない範囲という言葉には、やらないという選択も含まれています。

疲れた夜に、自分で始められるか

疲れ切った日に体を緩めたほうがいいと分かっていても、その日の夜に自分で始められるかは別の問題です。私も、疲労が深い日ほど、決めたことをそのまま流してしまう回数が増えます。

毎週決まった曜日と時間に開いている場があると、その夜の判断を自分でしなくて済みます。日曜の夜に75分、水曜の朝と夜に30分ずつ、オンラインで開いている無料のクラスがあります。自宅から参加できて、予約は不要です。体が重い日は、動きを小さくしたまま参加してかまいません。

free-yoga-japan.com


画像: Pexels

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