自然の中でヨガをするということ。地面が平等でない場所で

暮らしとヨガ

森の小道で座り、静かに合掌する人の後ろ姿

室内でのヨガを少し続けてきて、外でもやってみたいと思い始めた。あるいは、ヨガという言葉は知っているけれど、部屋の中で動くことにあまり気が向かない。そんな方に向けた記事です。

先に結論を置きます。自然の中でのヨガがもたらす一番大きな違いは、景色でも空気でもなく、地面が平らでないことです。 条件が一定でない場所に立つと、姿勢を保つ仕事の多くが、自分の内側に返ってきます。それが屋外の面白さであり、同時に、屋外なりの注意が必要な理由でもあります。

地面が、まず平等ではない

室内のヨガでは、床は平らで、マットの厚みも均一です。どこに手をついても、どこに足を置いても、返ってくる感触はほぼ同じ。だから、姿勢の形そのものに集中できます。これは室内の利点で、否定するものではありません。

外に出ると、その前提が消えます。土は場所によって硬さが違い、草が生えているところと生えていないところで沈み方も変わります。傾斜がある。石がある。木の根が張り出している。

エスカルゴの Shinpei は、ヒアリングでこの点を最初に挙げていました。

「自然の中のヨガで、地面がまず平等ではないということは、とても新鮮な状況だと思います。でこぼこした上でのヨガというのは、自分自身のバランスを取るということも大事だと思っています。」

地面が平等でない、という言い方が的確だと感じます。整えられた床は、立つ人の条件を揃えてくれます。屋外の地面は、そこを揃えてくれません。左右の足が受け取る情報が違うまま、立ち姿を作ることになります。

丸太の上に立つ裸足の足元。でこぼこした樹皮の質感が見える

これは、難易度が上がるという話とは少し違うと考えています。むしろ、姿勢を作る仕事の担当が変わる、という表現のほうが近い。床が平らなときは、床が安定を引き受けてくれています。床が不揃いなときは、その分を足裏と足首と、体幹が引き受けます。

結果として、屋外では立位のポーズが揺れやすくなります。揺れることは失敗ではありません。揺れが起きているという情報が、そのまま「今どこで支えているか」を教えてくれます。

土の冷たさ、皮膚に当たる風

もう一つ、屋外でしか受け取れないものがあります。人工的でない感触です。

「土から伝わる冷たさだったり、皮膚に当たる風だったりというのが人工的なものではないので、より自然を感じられるのかなと思います。」

空調の風は、一定の温度で、一定の方向から来ます。床の温度も、部屋の中ではほぼ均一です。それに対して、外の風は強さも向きも変わり続け、土の冷たさは、日陰と日向で違い、朝と昼で違います。

ヨガでは、感覚に気づくことが繰り返し扱われます。屋内では、その対象は主に自分の身体の内側になります。屋外では、身体の外側から入ってくる情報が増えます。冷たさ、風、日差し、地面の硬さ。それらは自分の意志で調整できないものばかりで、だからこそ、受け取るしかないものとして体に入ってきます。

心地よさだけが来るわけではありません。風が冷たすぎる日もあり、日差しが強すぎる日もあります。その揺らぎを含めて、その日その場所にしかない条件のもとで動くことになります。

移ろいに気づくようになる

Shinpei は北海道の中川町で暮らしています。観光地として知られた土地ではなく、日々の生活の場です。仕事も家事もそこで営まれていて、自然は眺める対象というより、常に隣にある条件に近い。

その環境で毎日を過ごすうちに、変化への感度が変わってきたと話しています。

「中川町の自然の中では毎日自然の中に没頭するわけで、季節など移り変わり、時間によってその花の表情などが刻一刻と変わるところが素晴らしいかなと思います。特に朝、夕方の変化が激しい時間は、その変化を深く感じられるようになりました。」

朝と夕方は、光の角度と気温が短時間で動く時間帯です。同じ場所に同じように立っていても、十分前と今とで、見えるものと感じるものが違う。屋外でヨガをすると、その時間帯の違いが、そのまま練習の条件の違いになります。

ここから言えるのは、環境が一定でないほうが、移ろいには気づきやすいということだと考えています。これは観察というより判断ですが、根拠は単純です。変化のない場所では、変化を検出する必要がないからです。条件が動き続ける場所に身を置くほど、動きに気づく側の感度が使われます。

見た目は変わらないのに、小さなところで動いている

自然を相手にしていると、もう一段深いところの感覚が出てくることがあるようです。

「一見見た目ではあまり変わっていないようですが、実は大きな変化が小さなところで起こっている。そう感じることがあります。」

木も、土も、川も、昨日と今日で見た目はほとんど同じです。それでも、内側では確実に何かが動いている。数か月経ってから振り返ると、その積み重ねが形として見えてきます。

この眼差しは、そのまま自分の身体と練習にも向けられます。ヨガを続けていて、今日と昨日の違いが分かることは、ほとんどありません。前屈の深さも、呼吸の長さも、一日単位ではほぼ変わらない。それで手応えがなく、やめてしまうことがあります。

自然の中で練習していると、その基準そのものが少しずれてきます。目に見える変化がないことは、何も起きていないことと同じではない。この見方を持てるかどうかで、続け方が変わってくるように思います。

エスカルゴには「良いことは、カタツムリの速度で進む」という言葉があります。屋外のヨガは、その速度を体感として確かめられる場でもあります。

屋外で行うときの、現実的な注意

自然の中でのヨガには、屋内にはない条件が伴います。理想化しすぎず、以下は事実として押さえておいたほうがよいところです。

  • 足場: 傾斜、石、木の根、ぬかるみを事前に確認する。裸足になる前に、地面を手や靴で確かめておく
  • 虫: 季節によっては蚊や蜂、ダニがいます。長袖や虫除けを用意し、蜂の巣が近くにないかは目視で確認する
  • 天候: 気温と風は屋内より体を冷やします。汗をかいた後の冷えにも注意する。雷や強風の予報がある日は行わない
  • 日差し: 仰向けや長時間の座位では、日差しを直接受け続けることになります。日陰を選ぶか、時間帯をずらす
  • 人の目と場所の権利: 私有地や、他の人が使う場所では、迷惑にならない範囲を守る

不安定な地面では、片足立ちのポーズは特に転びやすくなります。無理のない範囲で、手をつける場所を近くに確保しておくと安心です。

屋外での最初の一歩

いきなり長い練習を組む必要はありません。屋外の条件に慣れるところから始める方法があります。

  • 靴を脱いで、地面の上にただ立つ。左右の足裏で、感触の違いを確かめる
  • そのまま呼吸を数回。目は開けたままでよい
  • 立位を一つだけ行う。安定を求めず、揺れがどこで起きているかを見る
  • 座って、風と音と温度を受け取る時間を数分持つ

五分でも成立します。屋外でのヨガは、たくさんのポーズを行うことより、条件が一定でない場所に身を置くこと自体に意味があると考えています。

なお、屋外だけで練習を組み立てる必要もありません。天候にも季節にも左右されるので、屋内での練習を土台にして、条件の合う日に外へ出る。そういう組み合わせのほうが、現実的に続きやすいはずです。

続けることのほうが、むずかしい

季節が動く時期は、外に出てみようという気持ちが起きやすい時期です。ただ、屋外の練習は天候と気温に左右されるため、一人で続けようとすると、行かない日が自然に増えていきます。定点になる場所が別にあると、屋外に出る日と出ない日の差を、埋めやすくなります。

伝統的なヨガを、日本語で、自宅から無料で実践できるオンラインクラスを開いています。日曜の夜75分、水曜の朝と夜に30分ずつ。決まった曜日と時間に開いているので、外に出られない日の練習の置き場所として使えます。予約は不要です。

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画像: Pexels

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