ヨガと食事 — 何を食べるかの前に、自分の体質を見るということ

暮らしとヨガ

使い終えたヨガマットを静かに丸める手元

ヨガを始めてみようかと考えたとき、「食事も変えないといけないのだろうか」という疑問が一緒についてくることがあります。肉を控えるべきなのか、朝食は抜くべきなのか、そういう情報を調べているうちに、始める前から疲れてしまう。

この記事は、食習慣を見直したいと思いながら、何から手をつければいいのかわからずに止まっている方に向けて書いています。

答えは「何を食べるか」の外側にある

先に結論を書きます。

ヨガと食事の話には、万人に当てはまる正解の献立はありません。そして、この問いの本当の答えは「何を食べるか / 何を食べないか」という選択の中にはない、というのが私の考えです。

ヨガの一番大事なところは、自分を知るというところにある。食事の話も、その一部として置いたときに、はじめて扱えるようになります。何を減らすかを決める前に、自分の身体が今どうなっているかを見る。順番としてはそちらが先だと思っています。

私に起きたこと — 食事の回数が3から1になった

ここは事実として書きます。

ヨガを続けることによって、私は一日一食になりました。まず、食事の回数が3から1、つまり1/3になった。それが自分にとっては非常に大きな変化でした。

ただし、これは目標として掲げて達成したものではありません。続けているうちに、結果としてそうなっていた、という順序です。そして、これを読んでいる方に同じことを勧めているわけでもありません。一日一食が良い、少食が優れている、といった話としてこの記事を読まないでください。 私に起きたことは、あくまで私の身体で起きたことです。

回数が変わったこと自体より、その過程で自分の身体の様子がよく見えるようになったこと。振り返ると、そちらのほうが大きな変化だったのかもしれません。

「行き渡る」という感覚

自宅のリビングでヨガをする母親と、そばでブロックを積む子ども

食事とヨガのつながりについて、私が中心に置いているのは「行き渡る」という言葉です。

食事というものを食べたとき、それが全身にちゃんと行き渡るということが、とても大事なのだと思っています。食べてすぐ血糖値が下がって、またお腹が空いて食べる。そうすることによって胃が常に動き続ける状態というのは、実は非常に消費が激しい状態なのではないか、という感じがしています。

これは医学的な説明ではなく、私自身の体感として書いています。数値を測って確かめたわけでも、そういう仕組みだと断言できるわけでもありません。ただ、食べては空腹になり、また食べる、という往復を止めずに続けていると、身体のどこかが休みなく働き続けているような感覚がある。休みのない労働に近い、と言ってもいいかもしれません。

その感覚から考えると、食べた物を100%使い切り、それをちゃんと巡らせることができれば、そこまでの食べる量は必要ないのかな、という感じはします。

ここで視点が一つ入れ替わります。「量を減らす」ではなく、「巡らせる」。前者は我慢の話ですが、後者は観察の話です。我慢は長続きしませんが、観察は静かに続けられます。

食習慣を見直したいと考えるとき、多くの場合は引き算から入ります。糖質を抜く、間食をやめる、夜遅くに食べない。どれも間違いではありませんが、引き算だけを続けていると、食事の時間が我慢を測る場になっていきます。そうなると、身体の様子を見る余裕はなくなります。ヨガの側から食を眺めると、順番が逆になる。まず身体の状態を見て、その結果として量や回数が動くことがある、という形です。

伝統の中でも、食は控えめに語られてきた

ヨガの古い文献の中にも、食についての言及はあります。

ハタ・ヨーガの古典には「ミタハラ(適量の食)」という考え方が出てきます。胃を食べ物で半分、水で四分の一満たし、残りの四分の一は空けておく、といった表現で伝えられていると言われています。また、ヤマ・ニヤマに含まれるアヒンサー(非暴力)の考え方から、食べるものを選ぶ伝統が生まれてきたとも言われています。

興味深いのは、こうした記述が「これを食べれば効果がある」という語り方をしていないことです。分量の目安や、身体をどう扱うかという姿勢が語られているだけで、成果の約束はどこにも書かれていません。食は昔から、控えめな言葉で扱われてきたテーマなのだと思います。

現代の私たちが読むときも、これを規則として守るというより、身体との距離の取り方の一例として眺めるくらいがちょうどいいのではないでしょうか。書かれた時代の生活も、手に入る食べ物も、今とはまるで違います。文字通りに再現しようとすると、かえって自分の身体から遠ざかることになりかねません。

そのうえで、一つだけ受け取れるものがあるとすれば、「余白を残す」という発想だと思います。満たしきらずに少し空けておく。それは分量の話でもあり、姿勢の話でもあるように読めます。

まず、自分の体質を見るところから

ここが、この記事でいちばん伝えたい線引きです。

人によってはそれぞれの体質があるので、まずは自分の体質を見るところから始めるのが一番だと思います。同じ食べ方をしても、身体の反応はまったく違います。よく動く人と、そうでない人。眠りの深い人と、浅い人。年齢も、季節も、その日の気圧も関係します。誰か一人の実践例を、そのまま自分に当てはめられる根拠はどこにもありません。

そして、これは安全のために書いておきます。食事の量や回数を自己判断で変えることは、身体に負担がかかる場合があります。体調に不安のある方、通院中や服薬中の方、そして食べることそのものに苦しさを感じている方は、食事を減らす方向に向かわず、医師や管理栄養士といった専門家に相談してください。ヨガは、食を制限するための道具ではありません。

自宅でできる最初の一歩

秋の公園で静かに行われている屋外のグループヨガ

献立を変える必要はありません。今日からできるのは、観察のほうです。

  • 食べる前に、本当に空腹かどうかを一度確かめる。時間が来たから食べるのか、身体が求めているのか。答えを出さなくて構いません。問いを置くだけで十分です
  • 食べたあとの身体の様子を、30分ほどしてから思い出してみる。重いのか、軽いのか、眠いのか。良し悪しの判定ではなく、ただ記録するように
  • 一口目だけ、ゆっくり噛んでみる。全部の食事をそうする必要はありません。最初の一口の味と食感に意識を置くと、食べている自分が少し見えてきます

どれも変化を約束するものではありませんし、続かなくても問題ありません。うまくできたかを採点する時間ではなく、自分の身体の癖を知っていくための時間です。

自分を知るには、比べる軸が要る

自分の体質を見る、と書きましたが、一人で観察を続けるのは思っているより難しいものです。比べる相手が過去の自分しかいないため、変化に気づくには、身体に向き合う機会が定期的にあるほうが見えやすくなります。前回の自分と今日の自分の違いは、同じことを同じ時間に繰り返してはじめて輪郭を持ちます。

始めることと続けることは別の課題です。続けやすさを目的に作られた、無料のオンラインヨガクラスを開いています。週3回、決まった時間に。free-yoga-japan.com から登録できます。


画像: Pexels

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