戦士のポーズ——前にのめり込まず、後ろにも逃げず、中央に立つ

ポーズの解説

夕暮れの空を背に、片脚を踏み込んで立つ人のシルエット

ヨガのポーズの中でも、「戦士のポーズ」という名前は、はじめての方の記憶に残りやすいようです。ヨガ=静かでやわらかいもの、という印象の中に、ひとつだけ強い言葉が混ざっているからかもしれません。

この記事は、その名前に少し身構えてしまう方、あるいは一度何かに踏み出したあとで、立ち位置を取り直したいと感じている方に向けて書いています。

戦士の力強さは、筋肉の強さではない

先に結論からお伝えします。

戦士のポーズが養う力強さは、筋肉的な強さのことではないと考えています。ここで問われているのは、体幹の強さと、ブレないという意志の強さです。

そして、その「戦士らしさ」がどこに現れるかというと、攻撃性ではありません。前にのめり込まず、けれど後ろにも逃げず、中央に立つこと。ここに、このポーズの中心があると見ています。

力を込めることではなく、揺れないこと。押し出すことではなく、真ん中に留まること。名前から受ける印象とは、少し違う場所に、このポーズの強さは置かれています。

強くなりたい、という動機でヨガに触れる方は少なくありません。その「強さ」を筋力のことだと捉えたままこのポーズに入ると、たいてい身体は前へ出ていきます。けれど戦士のポーズは、力を出す量ではなく、力の置き場所を問うポーズだと見ています。この違いに気づけるかどうかで、同じ形を取っていても、身体の中で起きることが変わってきます。

「戦士らしさ」は、身体の三か所に現れる

抽象的な話に留めると、「意志の強さ」はすぐに気合いや根性の話になってしまいます。そうならないために、身体のどこを見ているのかを具体的に書いておきます。

まっすぐ遠くを見据える視線

まず、視線です。

戦士のポーズでは、前に伸ばした手の指先の向こう、あるいはさらに遠くへ、視線をまっすぐ置きます。足元を覗き込んだり、鏡の中の自分の形を確認したりすると、そのたびに首の角度が変わり、身体の軸が微かに崩れていきます。

視線が定まると、頭の位置が決まります。頭の位置が決まると、背骨の並びが決まります。遠くを見る、というのは精神的な比喩である前に、まず身体の順番の話です。

ヨガでは、視線を置く場所をサンスクリット語で「ドリシュティ」と呼びます。伝統的には、視線を一点に定めることが、意識の散らばりを抑える手がかりになると言われてきました。

踏み込んだ前脚の、膝の高さ

次に、膝です。

前脚を踏み込んで曲げたとき、その膝がどの高さにあるか。ここが、このポーズの姿勢をほぼ決めていると言っていいほどの要点です。

曲げが浅ければ、脚は使われないまま、ただ立っているだけになります。曲げが深すぎたり、膝がつま先より大きく前に出たりすると、今度は膝に負担が集まりやすくなります。一般的な目安としては、膝がかかとの真上あたりに来る位置がよいとされています。

ただし、股関節の可動域も脚の長さも人によって違います。身体が硬くても始められるポーズですので、無理のない範囲で、自分の膝が落ち着く高さを探してみてください。痛みが出る場合は、そこで止めます。

前にのめり込まず、後ろにも逃げない

そして、重心です。

前脚に体重を預けすぎると、上半身が前へ倒れ込みます。逆に、その体勢が怖くて後ろへ引くと、後ろ脚に重さが逃げて、前脚は形だけのものになります。

戦士は、この二つの逃げ方の、ちょうど真ん中に立っています。前にも逃げず、後ろにも逃げない。どちらにも寄りきらないところで、身体を支えているのは腕でも脚でもなく、胴体の中心——体幹です。

「力強さとは筋肉的な強さではなく、体幹の強さ、ブレないという意志の強さ」。このポーズを取るたびに感じるのは、そういうことです。強さは、外に向かって出す力ではなく、真ん中に留まり続ける力として現れます。

山あいの風景の中に静かに立つ人のシルエット

初心者がつまずくのは、たいてい「前のめり」

はじめての方がこのポーズでつまずく点は、多くの場合ひとつに集約されます。前のめりになりすぎることです。

理由は分かりやすいところにあります。戦士という名前から、攻撃的に、勇ましく、前へ突っ込む姿を想像してしまうからです。強くありたいという気持ちが、そのまま身体を前へ押し出します。

けれど戦士のポーズが求めているのは、攻撃的であることではなく、真ん中に立つことです。ここはとても大事なところだと思っています。

もし前のめりの感覚があるときは、少しだけ後ろ脚のかかと側へ意識を戻し、胸を前に投げ出さず、骨盤の上に胴体を積み直してみてください。動きが小さくなっても構いません。位置が真ん中に戻ることのほうが、深さよりも先に来ます。

なお、勢いよく前へ出ていく在り方そのものを否定したいわけではありません。それが力を発揮する場面もあります。ここで扱っているのは、あくまでこのポーズの中で何が起きているか、という話です。

ヴィーラバドラという名前について

戦士のポーズは、サンスクリット語で「ヴィーラバドラーサナ」と呼ばれます。ヴィーラは勇者・英雄、バドラは吉祥や善きものを意味する言葉とされ、その名を持つ存在がインド神話に登場すると言われています。

物語の伝わり方には諸説あり、細部は文献によって異なります。ただ、いくつかの伝承に共通しているのは、この戦士が私怨のために暴れる存在としてではなく、ある役割を担って現れ、そして役目を終える存在として描かれている点です。

また、ポーズそのものの成立時期についても、いくつかの見方があります。ハタヨガの古典文献に見られる坐法とは系統が異なり、近代以降に体系化された立位のポーズ群に位置づけられるという説明もされています。2500年以上とされるヨガの歴史の中で、どの層に属する動きなのかを断定することは難しく、ここでは「そう言われています」に留めておきます。

いずれにしても、名前の由来をたどっていくと、このポーズが「敵を倒すための構え」として語られてきたわけではないことが見えてきます。

自宅でできる、最初の一歩

スタジオに通わなくても、このポーズは自宅で試せます。畳一枚ほどの広さがあれば足ります。

自宅の床に敷かれた、静かなヨガマット

  1. 両足を揃えて立ち、いちど息を吐ききります
  2. 片足を、無理のない歩幅で後ろへ引きます
  3. 前脚の膝を、ゆっくりと曲げていきます。膝がかかとの真上あたりに来る高さで止めます
  4. 骨盤の上に胴体を積み直し、前にも後ろにも寄りきらない場所を探します
  5. 視線を、まっすぐ遠くへ置きます
  6. そのまま、三呼吸ほど。呼吸が止まっていたら、それは力み過ぎの合図です

最初は、前脚の曲げをかなり浅くして構いません。深さは、真ん中が見つかったあとで、少しずつ足していけばよいものです。

膝や腰に痛みがある場合、あるいは治療中の症状がある場合は、続ける前に専門家に相談してください。

中央がどこかは、自分ひとりでは分かりにくい

前にも後ろにも寄りきらない場所、というのは、言葉で読むと単純ですが、自分の身体の中で探すとなると意外に掴みにくいものです。鏡を見れば形は分かりますが、形を見ている間、視線は遠くに置けません。誰かに直してもらう必要はありませんが、同じ時間に一緒に動く人がいると、自分がどちらに逃げているかに気づきやすくなります。

オンラインで一緒にポーズを取る時間が、週に3回あります。日曜75分、水曜の朝と夜に30分ずつ。画面越しに、同じ呼吸と動きを共有するクラスです。参加は無料で、free-yoga-japan.com から登録できます。


画像: Pexels

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