太陽礼拝とは何か。ヨガの「日々の挨拶」を読み解く

ポーズの解説

朝に身体を動かす習慣を持ちたい。そう考えたとき、ヨガの入り口としてよく名前が挙がるのが「太陽礼拝(スーリヤ・ナマスカーラ)」です。この記事は、太陽礼拝という言葉は聞いたことがあるけれど、まだ試したことがない人に向けて書いています。

先に結論を置きます。太陽礼拝は、いくつかのポーズを順番につなげる運動に見えますが、その名前が示すとおり、本質は「礼拝」——太陽に祈りを捧げる行為だと言われています。ポーズを正確にこなすことよりも、祈るという行為そのものが中心にある。ここを最初に押さえておくと、太陽礼拝の姿が変わって見えてきます。

朝日の中で座って合掌するシルエットと木々

「礼拝」という原点に立ち返る

スーリヤ・ナマスカーラは、サンスクリット語で「太陽への礼拝」を意味します。スーリヤが太陽、ナマスカーラが敬いや礼拝を指す言葉です。訳をそのまま受け取れば、これはポーズ集ではなく、祈りの行為だということになります。

Shinpeiは、太陽礼拝で最も大事なのはポーズの完成度ではなく、太陽に対して祈るということだと考えています。前屈がどこまで深く入るか、姿勢がどれだけ美しいか。そうした要素はもちろん大切ですが、それは中心ではない。中心にあるのは、太陽に向けて祈るという一点だという見方です。

さらに、その祈りは太陽だけに向くのではありません。太陽礼拝を構成する12のポーズには、それぞれにマントラ(唱えることば)があるとされています。Shinpeiは、一つ一つのマントラの対象に向けて、頭の上からしっかりと祈る、という身体感覚でこのシーケンスをとらえています。祈りに方向がある。頭上からその対象へ向けて祈るという、具体的な身体の感覚です。

この記事では、12のマントラを一覧で解説することはしません。大切なのは、すべてを暗記することではなく、「祈る対象がある」という構造そのものを知ることです。その先の細部は、実際に動きながら少しずつ身についていくものだと考えられます。

「合わせていく」三つのもの

太陽礼拝を、Shinpeiは三つのものを同時に合わせていくシーケンスとしてとらえています。呼吸と、祈りと、体。この三つです。

  • 呼吸を合わせる: 一つ一つの動きに、吸う息と吐く息を合わせていきます。呼吸が止まってしまうと、太陽礼拝はただの体操に近づいていきます。
  • 祈りを合わせる: 各ポーズのマントラの対象へ、頭上から祈りを向けます。祈りが抜け落ちると、形だけの動作が残ります。
  • 体を合わせる: ポーズを一つずつ、丁寧にとっていきます。体がおろそかになると、祈りが浮ついて、地に足がつかなくなります。

Shinpeiは、この三つを合わせていくことが大事だと語っています。どれか一つが欠けると、太陽礼拝は「ポーズをこなすだけ」の状態に戻ってしまう。逆に、呼吸・祈り・体の三つが重なったとき、太陽礼拝ははじめて「日々の挨拶」になる、という見方です。

準備運動やウォームアップとして太陽礼拝をとらえる人もいますが、この三つが合わさった太陽礼拝は、それ自体で独立した一つの営みだと言えそうです。速く流れるように動くことがうまさではなく、呼吸と祈りと体が合っているかどうか。そこに太陽礼拝の質があると考えられます。

「祈る」「儀礼」への抵抗と、その越え方

太陽礼拝の入り口で、多くの人がつまずくところがあります。「祈る」「儀礼」という言葉への抵抗感です。

無宗教であればあるほど、祈りや儀礼に対して、嫌悪感や、少し相容れないという感覚を持つことがあるかもしれません。これは自然な反応です。Shinpeiもその抵抗を否定してはいません。むしろ、抵抗を感じるのはよく分かる、としたうえで、まずは一度やってみてほしい、というのがShinpeiの立場です。

祈るということ、儀礼ということは、実は現代人が忘れてしまっているけれど、とても大切な一つの感覚なのではないか。Shinpeiはそう考えています。これは特定の信仰を求める話ではありません。宗教の教義としてではなく、失われつつある感覚を取り戻す、という視点です。

ここでShinpeiが使う比喩が、記事全体の姿勢をよく表しています。

いくらスキーの本を読んでもスキーができないように、一度このような感覚でやってみるということが大事だと思っています。

スキーの技術書を何冊読んでも、それだけでは斜面を滑ることはできません。雪の上に立って、転びながら、身体で覚えていくしかない。祈りや儀礼も同じで、頭で理解しようとするものではなく、やってみて身体で感じるものだ、という考え方です。

儀礼への抵抗を、議論で決着させる必要はありません。抵抗を抱えたまま、まず一度、その感覚でやってみる。そこからしか、太陽礼拝の入り口は開かないのかもしれません。無宗教のままで構わない。祈りに慣れていなくて構わない。その状態のまま試してみることに、意味があるという立場です。

夕方の光の中、海沿いで体を伸ばすシルエットとヤシの木

朝の習慣として、太陽の方を向く

太陽礼拝は、朝の習慣ととても相性がよいとされています。Shinpeiは、できれば太陽の方に向かって行うのがよいと話しています。

「習慣を持ちたい」という思いは、ときに抽象的なまま宙に浮きがちです。それを、朝、太陽の方に身体を向けるという、具体的な向きにまで落とし込む。窓の外が明るくなる方へ立ち、そちらへ向けて呼吸と祈りと体を合わせていく。太陽礼拝は、身体を動かすことと祈ることが一つになった、一日の始め方になり得ます。

はじめから完璧に流れる必要はありません。動きが小さくても、身体が硬くても、無理のない範囲で、一つ一つの呼吸に動きを合わせていく。しばらく続けてみると、朝の始まり方に何かしらの違いを感じる人もいるようです。それがどんな違いなのかは、続けた人自身の体感の中にあります。

ここまで読んで、試してみたいと思った人へ

太陽礼拝は、本や動画で流れを眺めているだけでは、呼吸と祈りと体を合わせるという感覚がなかなか掴めません。スキーの本の比喩が示すとおり、一度、その感覚で動いてみることでしか入り口は開かないからです。誰かに採点してもらう必要はありませんが、同じ呼吸で一緒に動く時間があると、三つを合わせるという感覚は掴みやすくなります。

オンラインで一緒にポーズを取る時間が週に3回あります。画面越しに、同じ呼吸と動きを共有するクラスです。予約は不要で、いつでも、無料で参加できます。free-yoga-japan.com から登録できます。


画像: Pexels

タイトルとURLをコピーしました