なぜヨガは鼻呼吸を勧めるのか。閉じられない器官という視点から

呼吸と瞑想

緑に囲まれた屋外で静かに瞑想する女性

この記事は、ヨガを始めたばかりで、呼吸を意識し始めた人に向けて書いています。クラスや動画で「鼻から吸って鼻から吐きましょう」と言われ、その理由を一度ちゃんと知っておきたいと感じている人を想定しています。

結論: 鼻は「閉じることができない」器官だから

ヨガが鼻呼吸を勧める理由として、一般によく挙げられるのは生理学的な説明です。鼻毛が空気を濾す、鼻腔で空気が温められる、副交感神経が働きやすくなる——いずれも一理ある説明とされています。

ただ、ヨガという実践の構造から見ると、もうひとつ大事な角度があります。それは、

鼻は、私たちの器官の中で「閉じることができない」「物理的に動かすことができない」器官である

という、身体構造そのものに由来する理由です。

口は、開けたり閉じたりできます。空気の量を、口の動きで調整できる器官です。一方で鼻は、自分の意思で開閉することができません。だから空気の量を、外側ではなく、内側で調整するしかない。この制約こそが、鼻呼吸をヨガの練習と深く結びつけているとされています。

本文: 「外側で調整する」と「内側で調整する」

1. 口呼吸は、外側の動きで呼吸を整える

口で呼吸をするとき、空気の量や速さは、口の開き具合や唇の形で調整されます。大きく開ければたくさん入り、少しすぼめれば細く長く流れる。つまり口呼吸は、外側の筋肉の動きで呼吸を整えるやり方です。

これ自体は悪いことではありません。歌うとき、走るとき、強い運動をしているときには、口呼吸が必要になる場面もあります。ただ、ヨガが目指す方向とは少しずれます。

2. 鼻呼吸は、内側の動きで呼吸を整える

鼻は閉じることも形を変えることもできません。空気の通り道としての形は、ほぼ固定されています。それでも呼吸の深さや長さを変えたいときには、調整する場所が内側にあります。それが、お腹(腹式呼吸) であり、喉の奥 です。

吸う息を長くしたいとき、お腹を膨らませる時間をかけてゆっくり吸う。吐く息を細くしたいとき、喉の奥を少し狭めて、空気を細く流す。どちらも、外から見ても気づかれにくい、内側の動きです。

つまり鼻呼吸は、構造的に、見えない動きで呼吸をコントロールする練習になります。

3. 「静止したまま呼吸する」がヨガの基盤

ヨガのポーズを思い浮かべると、多くの場合、外見は止まっています。座っているか、立っているか、片足で支えているか。けれど、その内側では呼吸が流れ続けています。

この、外側は静止しているのに、内側では呼吸が動いているという状態。ヨガのアーサナ(ポーズ)も、瞑想も、この状態の上に成り立っているとされています。

口呼吸では、口を動かす必要があるので、完全に静止することができません。鼻呼吸であれば、外側の筋肉をほとんど使わずに、内側だけで呼吸を整えられる。だから、ポーズを保ったまま呼吸を整え続けることができる。

このように見ると、鼻呼吸は単なる「正しい呼吸のしかた」ではなく、ヨガの実践構造そのものに組み込まれた呼吸の形だと言えます。

4. 鼻呼吸が安定すると、呼吸が安定する

鼻呼吸が丁寧にできるようになると、呼吸そのものが安定してくると言われています。

「安定」が具体的に何を指すかは、人によって少し違うかもしれません。ポーズの途中で息が乱れにくくなる、意識しなくても深く長い呼吸が続く、動きと呼吸が自然に同期する——そういった状態を指して、安定と呼ばれることが多いようです。

ここで大切なのは、激しく吸ったり激しく吐いたりすることが目的ではない、ということです。むしろ鼻呼吸は、見えない呼吸、聞こえない呼吸に近づいていく方向の練習です。隣で座っている人にも気づかれないくらい、静かな呼吸。それが安定の一つの形だとされています。

5. 鼻が詰まる日、アレルギーがある人へ

鼻呼吸を勧めると言っても、現実には、鼻が詰まる日もあれば、アレルギーで長く鼻呼吸が難しい人もいます。そういう日や状態にまで、鼻呼吸を強要する必要はありません。

体調や状態に応じて、口呼吸を併用する、口で吸って鼻で吐く、無理のない呼吸法に切り替える——いずれも、ヨガの伝統の中で柔軟に扱われてきた部分です。「鼻呼吸でなければヨガにならない」のではなく、「鼻呼吸ができる状態のときには、鼻呼吸を選ぶ」程度の距離感で十分だとされています。

医療的な対処が必要な慢性的な鼻の不調については、ヨガの呼吸法だけで解決しようとするのではなく、必要に応じて専門の医療機関を頼る方が現実的です。ヨガの呼吸練習は、あくまで日々の身体との付き合い方の一部として位置づけられるものだとされています。

6. 「正しい呼吸」よりも「観察する呼吸」

最後に、もうひとつ補足しておきたいことがあります。鼻呼吸の練習を始めると、「自分の呼吸は正しいのだろうか」「もっと深く吸わなければいけないのではないか」と気になる人も多いようです。

ただ、ヨガの中で扱われる呼吸は、「正しい/正しくない」で測られるものというよりも、今の自分の呼吸を観察することから始まるとされています。今日は浅い、今日は速い、今日は左の鼻だけよく通る——そういう小さな違いに気づくこと自体が、すでに呼吸の練習の入り口に立っていると言ってよい部分です。

鼻呼吸は、その観察を成り立たせる前提条件のような役割を持っています。口呼吸では呼吸そのものが大きく動いてしまい、観察の対象が定まりにくい。鼻呼吸の静けさが、観察を支えてくれます。

バニヤンの木の下で瞑想する女性

事実と伝統: 鼻呼吸はヨガの中でどう扱われてきたか

ヨガは2500年以上の蓄積を持つ実践とされています。その中で、呼吸を扱う技法は プラーナーヤーマ と呼ばれ、独自の体系を成してきました。プラーナーヤーマは「プラーナ(生命のエネルギー)を整える」という意味で、ハタヨガの古典文献(8世紀以降に成立したとされるもの)にも、鼻からの呼吸を中心とした技法が記されています。

たとえば、ナーディ・ショーダナ(片鼻呼吸)は、左右の鼻孔を交互に使う鼻呼吸の代表的な技法として知られています。ウジャイー呼吸は、喉の奥を少し狭めて、鼻から細く長く呼吸する技法です。どちらも、口は閉じたまま、内側の調整だけで呼吸を整える練習になっています。

ここで重要なのは、こうした技法が「健康のために良い」という近代的な発想ではなく、瞑想に入りやすい身体の状態をつくるための技術として、長い時間をかけて磨かれてきたという点です。鼻呼吸は、その技術の土台に置かれています。

自宅でできる最初の一歩

最初から複雑な技法に取り組む必要はありません。鼻呼吸を体に馴染ませる最初の一歩は、もっと小さなところから始められます。

  • 一日の中で1回、座って3分だけ、鼻だけで呼吸する時間をつくる
  • 椅子でも床でも構わない。背筋を軽く伸ばし、目は閉じても半眼でもよい
  • 吸う息と吐く息の長さを、無理に揃えようとしない。最初は「鼻から吸えている、鼻から吐けている」だけを確認する
  • 鼻が詰まっていれば、片鼻でも、浅くてもよい。続けることを優先する
  • 慣れてきたら、吐く息を少しだけ長くしてみる。喉の奥を、ほんの少しだけ狭めるイメージで

これだけでも、しばらく経つと、呼吸が以前より少し静かになっていることに気づく日が来るかもしれません。

自然の中でヨガを実践する女性

おわりに

鼻呼吸は、本を読んだり動画を見たりするだけでは、「静止したまま、内側で呼吸をコントロールする」という感覚に届きにくいものです。一人で続けていると、自分の呼吸が今どんな状態なのか、判断しづらい瞬間もあります。同じ時間に、同じように呼吸を流す場が週に一度あると、呼吸が少しずつ安定してきます。

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画像: Pexels

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