ヨガという言葉は耳にしたことがあるけれど、まだ最初の一歩を踏み出せていない。そんな方に向けて、ヨガが大切にしてきた「呼吸を整える」という言葉の意味を、静かに辿ってみたい記事です。専門的な前提は要りません。読み終わる頃には、今この瞬間の自分の呼吸に、少しだけ意識が向くはずです。
呼吸を整えるとは、息の出し入れだけではない
「呼吸を整える」と聞いたとき、多くの方は「深く吸って、深く吐く」ことを思い浮かべるかもしれません。世間一般のイメージとして、呼吸はバランスを整えるもの、という感覚はある程度共有されているように見えます。
ただ、ヨガの伝統では、もう一段奥の話をしています。息は、その奥にある何かを動かす媒体である、という捉え方です。
ヨガでは、息の奥に流れているものをプラーナ(気)と呼びます。陰と陽という言葉も近いところで使われます。プラーナが心地よく整い、まっすぐ流れている状態——それを「呼吸が整っている状態」と呼ぶのです。
つまり、呼吸を整えるとは、
- ただ息を吸って吐くこと
- ではなく、息を媒体として、奥にある気の流れを穏やかに整えること
このように説明されてきました。直接見えるものではないので、最初は「そういうものか」という感覚で読み流していただいて構いません。続けていくうちに、言葉が後から実感に追いついてくるとされています。
1分かけて吸う、1分かけて吐く
ヨガで伝統的に語られてきた具体的な目安に、こういうものがあります。
1分かけて吸う、1分かけて吐く。
最初に聞くと、ずいぶん長く感じられるかもしれません。実際、急に吸う・急に吐くことは、人間にとって意外と容易にできてしまう動作です。ところが、1分かけてゆっくりと吸う、1分かけてゆっくりと吐くというのは、最初はなかなか難しい。
それでも、この長さに少しずつ近づいていくと、呼吸が整いやすくなっていくと言われています。一気にそこを目指すというより、ゆっくり吸う・ゆっくり吐く、という感覚から始めるのが穏やかな入り口です。
順番としては、おおよそ次のような進め方になります。
- まず、吸う息と吐く息の長さを揃える
- 次に、少しずつ吐く息を長くしていく
- 苦しくならない範囲で、全体の長さを伸ばしていく
「1分」という数字に到達することが目的ではありません。数字はあくまで遠い目印として置いておき、今日の身体が無理なく続けられる長さを、その日ごとに探っていくほうが続きやすいようです。
呼吸は「簡単」と思われがちだが、実は難しい
呼吸について、多くの方が無意識に抱いている誤解があります。
呼吸なんて、生まれてからずっとできているのだから、簡単なはずだ。
この感覚は自然なものです。呼吸は、教わらなくても自動的にできてしまう。だから、わざわざ学ぼうとは思わない。
ここで、「歩くこと」と比べてみると、見え方が少し変わります。
歩くという動作も、本来は非常に高度な作業のはずです。何十もの筋肉と関節と平衡感覚が連動しなければ、人は立って歩くことができません。それでも、子どもがそれを身につけるのに、半年から一年ほどかかります。
一方で、呼吸は生まれた瞬間から動いています。だから、難しさが見えにくい。ところが、呼吸を「正しく扱おうとする」段階に入ると、状況は変わります。歩くことの習得と同じくらい、あるいはそれ以上に、半年ほどの時間がかかると言われています。
呼吸は、自動的にできているからこそ、意識的に扱おうとした途端に、その難しさが立ち上がってきます。最初に「思っていたより難しい」と感じるのは、自然なことだと思っていただいて構いません。
自転車に乗る感覚と似ている
呼吸の練習について、しばしば例えとして使われるのが、自転車です。
自転車も、最初は転んでばかりで、いつまで経っても乗れる気がしないものです。ところが、ある日、ふと感覚をつかむ瞬間が訪れる。一度その感覚をつかんでしまえば、その後は意識せずとも乗れるようになる。
呼吸もこれに近いとされています。最初のうちは、ゆっくり吸う・ゆっくり吐くということ自体が、ぎこちなく感じられるかもしれません。ところが、ある瞬間、「呼吸する意識」が後ろに退いて、息が自然に流れていく感覚が訪れることがある、と言われています。
その感覚を一度知ると、再現できるようになる。だから、最初の数週間でうまくできなくても、それは順序として自然なことです。

呼吸が「奥」へ繋がるとき
ここから先は、補足として読んでいただきたい部分です。
実際にゆっくりとした呼吸——ヨガでは「ウジャイ呼吸」と呼ばれる、喉の奥を細くして音を伴わせる呼吸法があります——を続けていくと、ある段階で、呼吸そのものへの意識が外れる瞬間が訪れることがあるそうです。
呼吸を「している」のではなく、呼吸が「流れている」感覚。そして、その奥にある気の流れに、注意の中心が移っていく感覚。
この段階まで来ると、
- 体全体の気の流れがスムーズに動いている感じがする
- 非常に心地よい
- 気のある場所を、意図的に動かせるような感覚が生まれる
というような体験が報告されています。これは、特別な才能の話ではなく、続けていく中で自然に開かれていく層の話だとされています。
ただ、こうした体験を「目指して」呼吸をすると、かえって呼吸が硬くなることが多いようです。あくまで、ゆっくり吸う・ゆっくり吐くという入り口を、丁寧に繰り返していく。その先に、ふと現れるもの、という位置づけで構いません。
自宅で始める、最初の一歩
道具は要りません。マットも要りません。今日この場で始められます。
進め方の一例です。
- 椅子に座るか、床にあぐらで座る。背筋を、無理のない範囲でまっすぐにする
- 目を閉じるか、視線を斜め下に落とす
- 鼻からゆっくり吸い、鼻からゆっくり吐く
- まず、吸う息と吐く息の長さを同じくらいに揃えてみる
- 慣れてきたら、吐く息を少しずつ長くする
- 苦しさを感じたら、すぐに普通の呼吸に戻す
最後の点は特に大切です。長く吸おう、長く吐こうと頑張ると、呼吸はかえって乱れます。「ゆっくり」の感覚を保つことのほうが、「長く」よりも先です。
時間は、最初は3分でも5分でも構いません。毎日同じ時間に座る、というルールのほうが、長さよりも続きやすさにつながると言われています。

食べ物・水・呼吸
最後に、優先順位の話を一つ。
人間の身体は、
- 食べ物がなくても、10日間ほどは生きていける
- 水がなくても、3日間ほどは生きていける
- 呼吸が止まると、3分ほどで命に関わる
と言われています。命を支える優先順位の上では、呼吸が一番上にあるとされています。
それにもかかわらず、食べ物にこだわる方、水にこだわる方は多いのに、「呼吸の取り入れ方」にまでこだわる方は、それほど多くないようです。空気そのものの質も大切ですが、その取り入れ方もまた、食事や水の選び方と同じくらい大事だということ。
呼吸を整えるという話は、特別な人のための特別な技術ではありません。命のいちばん近くにある、ごくありふれた営みを、もう少しだけ丁寧に扱ってみる、というだけの話です。
ここまで読んだあなたへ
呼吸を整えるとは、息を出し入れすることの奥に、もう一段、整えるべき層があるという話でした。
- 1分かけて吸い、1分かけて吐く、という遠い目印
- 呼吸は簡単に見えて、実は歩くことと同じくらい習得に時間がかかる
- 自転車のように、一度感覚をつかむと再現できる
- 命の優先順位の上では、呼吸が一番近い
呼吸は、特別な場所や道具がなくても、今この瞬間から扱える唯一のものです。誰かに見てもらわなければできないことでもありません。ただ、一人で続けていると、自分のやり方がこれで合っているのか、分からなくなることがあるのも事実のようです。
そんなときに、決まった曜日の決まった時間に、同じように呼吸へ向き合っている人たちがいる場所があると、続けやすさが少し変わってきます。家で静かに身体と呼吸に向き合う時間を、生活の中に置いてみたいと感じられたら、毎週日曜の夜にオンラインで集まっているクラスがあります。予約は要りません。free-yoga-japan.com から、メールアドレスを登録するだけで参加できます。
画像: Pexels

