ヨガを一度始めて、しばらく続いた後、いつのまにかやめてしまった。そういう経験を持つ人は少なくないようです。続けることはヨガで一番むずかしい部分とも言われます。この記事は、過去にヨガを続けられなかった人と、これから始めるけれども続け方に不安がある人に向けて書いています。
続けることは、毎日完璧にやることではない
最初に結論を置きます。ヨガを続けるとは、毎日決まった時間に決まった分だけ、欠かさずやり続けることではありません。
世間ではしばしば「習慣化には21日かかる」「決まった時間に欠かさずやらないと続かない」といった言い方がされます。これは入り口の励ましとしては機能するかもしれませんが、続け方の本質を捉えているとは言いにくい部分があります。
続けるとは、何度でも戻ってくることです。サボっても、忘れていても、生活が変わってマットから離れても、また座る。その繰り返しのことを「続けている」と呼びます。完璧な連続ではなく、断続を含んだ長い線。これが続けることの実体に近いと考えられます。

最大の落とし穴は、最初に熱中した後に来る
ヨガをやめてしまう人の多くは、入り口でつまずいているわけではありません。むしろ逆です。
最初は誰しも、ヨガに強く惹かれます。身体がほどけていく感覚、呼吸が深くなる感覚、終わった後の静けさ。練習するたびに変化が分かり、できなかったポーズが少しずつできるようになる。この時期は、続けるのに意志の力をほとんど必要としません。やりたいから、やる。
問題はその先で起こります。
熱中して上達していく途中で、ほぼ例外なく、生活の側に変化がやってきます。仕事が忙しくなる、家族の状況が変わる、引っ越す、季節が変わって朝起きる時間がずれる。今まで取れていた時間が、ある日から取れなくなる。
この時、多くの人は「最近できていない」と感じ、やがて「もうやめてしまった」という認識に変わっていきます。あれだけ熱中したのに、一度やめてしまった。この一行が、ヨガをやめてしまう最大の原因と言ってよいかもしれません。落とし穴は入り口ではなく、上達と生活変化の交差点に開いています。
続けられる人が持っている、静かな姿勢
では、続けられる人と、続けられなかった人の違いは何か。
特別な才能でも、強い意志でも、恵まれた環境でもないようです。違いがあるとすれば、それは「失敗しても何度でもやる」という、人間としての基本的な姿勢の有無です。
ヨガは技能でも宗教でもなく、ある種の戻り方の練習に近いところがあります。崩れた姿勢を整える、逸れた呼吸に気づいて戻す、忘れていた身体に手を当てる。練習の中で繰り返しているのは、結局のところ「戻ること」です。だから生活においても、戻ること自体を恥じない人が長く続きます。
「あんなに熱中していたのに、3か月もできていない」と感じた時、そこで自分を責めてしまうと、戻る道は細くなります。逆に、「3か月できていなかった、じゃあ今日1分やろう」と動ける人は、何年でも続いていきます。続けているのではなく、何度でも戻ってきているだけ、という言い方の方が実体に近いかもしれません。
1秒でも、2秒でも、マットに座る
戻ってくるための具体的な動作を、ひとつだけ書きます。
マットに、1秒でも2秒でも座ること。
ポーズを取る必要はありません。プログラムを最後まで通す必要もありません。マットを敷いて、その上に座る。それだけで構いません。座って、息を一回吐く。それを今日の練習と呼んでよい、ということです。
これは「最低限のハードルを下げて続けやすくする」という小手先の話ではなく、ヨガの伝統的な感覚に近いところがあります。ヨガはサンスクリット語の語源で「つなぐ」「結ぶ」という意味を持つとされ、2500年以上の歴史の中で、坐法(座ること)そのものが中心的な実践のひとつとして受け継がれてきました。座ることはヨガの始まりであり、終わりでもあります。
1秒でも座れた日は、続いている日です。そこから5分に伸ばしてもいいし、翌日また1秒に戻してもいい。徐々に増やしたり、減らしたりしながら、マットの上に身体を置く時間を生活に残しておく。これが続け方の本体です。

サボった後に「もう1回やってみよう」と思える心
長く続いている人の話を聞いていると、共通する場面があります。
それは、サボった後の場面です。1週間、1か月、半年。理由は様々ですが、マットから離れていた期間がある。その後で、ふと「もう1回やってみよう」と思える心が動く瞬間がある。この瞬間を持っている人が、結果として長く続きます。
「もう1回やってみよう」と思えるためには、サボった自分を切り離さないことが必要です。続けられている自分と、続けられていない自分を別人にしないこと。両方ともヨガをしている自分だ、と引き受けられる感覚。これがあると、戻り道はずっと太くなります。
「やめた」と「サボっている」の間には、本人の認識以外に違いはありません。やめたと決めた瞬間にやめたことになり、サボっていると思っている間は、まだ続いています。続けている人は、サボっている期間を「続いているうちの一部」として数えている、という言い方もできるかもしれません。
21日や66日では、たぶん終わらない
最後に、習慣化の数字について少しだけ触れておきます。
「習慣化には21日必要」「66日続けると無意識でできるようになる」といった研究や言説があります。これらは入り口の指針としては有用ですが、ヨガにそのまま当てはめると、かえって続きにくくなる場面があります。
なぜなら、ヨガにおける「続ける」は、無意識化することではないからです。むしろ逆で、毎回意識的に身体に戻ってくることが練習そのものです。21日経って自動化されたら完了、ではなく、21年経っても毎回新しく座り直す。これがヨガの続け方の感触に近いところがあります。
だから、21日続いた・続かなかったで判断する必要はありません。1年のうち、何回マットに戻ってこられたか。それだけで十分です。10回でも20回でも、戻ってこられた回数があれば、その人はヨガを続けています。
続けることは、戻ってくることだけでできている
整理します。
ヨガを続けることは、毎日欠かさず練習することではなく、何度でも戻ってくることです。最初の熱中の後に来る生活変化は、やめる理由ではなく、戻り方を学ぶための機会です。マットに1秒でも座ること。サボった後に「もう1回」と思える心を、自分の中に置いておくこと。この2つがあれば、続けるという行為は、ほとんど自動的に成立していきます。
意志の強さよりも、戻ってくる頻度。完璧な連続よりも、断続を含んだ長い線。この捉え方に切り替えると、続けることは、たぶん思っているよりも軽い行為になります。
一度ヨガを始めて、続かなかった経験がある方も多いかもしれません。続かなかったのは、おそらく意志や才能の問題ではなく、戻ってくる先に場が無かったことの方が大きいと考えられます。
一人で続けるのが難しいなら、同じ時間に集まる場を使ってみてください。週に3回、オンラインで開いているクラスがあります。途中入退室も自由です。free-yoga-japan.com から登録できます。
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